大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 昭和45年(秩ほ)9号 決定

抗告人

池田隆三

〈ほか十三名〉

右抗告人らに対する法廷等の秩序維持に関する法律による

制裁事件につき札幌地方裁判所が昭和四五年三月二五日にした各決定に対し、

右抗告人らから抗告の申立があつたので、当裁判所は、つぎのとおり決定する。

主文

本件各抗告を棄却する。

理由

第一抗告人鈴木豊、同久保健、同土田明子、同砂沢健、同八子ゆみ、同丸山仁の各抗告について

本件抗告の趣意は、抗告人ら代理人弁護士入江五郎、同下坂浩介共同作成の抗告状記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

第一点について

所論は、要するに、刑事裁判に関する憲法上の諸原則の適用を排除し、被害者的立場にある裁判所または裁判官が、直接刑罰類似の制裁を科することを認めた法廷等の秩序維持に関する法律(以下本法と略称する。)は、憲法三一条に違反する、というのである。しかし、本法による制裁が、制裁の対象となる行為を直接現認した裁判所または裁判官によつて科され、その際、刑事裁判に関する憲法上の諸原則の適用がないからといつて、本法が憲法三一条に違反するものでないことは、累次の最高裁判所の判例(最決昭三三・一〇・一五刑集一二巻一四号三二九一頁、同昭三四・四・九刑集一三巻四号四四二頁、同昭三五・九・二一判例時報二三八号七頁)の趣旨に徴し、明らかなところである。論旨は理由がない。

第二点について

所論は、本件監置処分は、証拠に基づかずに行なわれたものであつて、本法四条三項に違反する、というのである。しかし本件監置処分は、裁判所の面前で行なわれた明白な行為に対し、これを直接認識した裁判所により科せられたものであるところ、かかる場合、裁判所は、その自ら現認したところに基づいて裁判すれば足り、それ以上証拠調または事実調査の義務を負うものではない。したがつて、原裁判所が、本件裁判を科するに際し、特段の証拠調または事実調査の手続を行なわなかつたからといつて、右制裁裁判の手続が、本法四条三項に違反するものでないことは、明らかである。論旨は理由がない。

第三点について

所論は、本件監置処分が極端に重く、合理的な裁量の範囲を逸脱しているというのである。しかし、右は、帰するところ原裁判の制裁の過重を論難するに止まり、適法な抗告理由にあたらない。

それゆえ、本件各抗告は、いずれも理由がなく棄却を免れない。

第二抗告人「三十九号監置1号」の抗告について

記録を調査するに、抗告人ら代理人入江五郎、同下坂浩介共同作成の抗告状には、抗告人の表示として「三十九号監置1号」という記載があるだけで、氏名の記載はなく、また本件抗告代理人の選任届には、右代理人両名の署名押印のほか「三十九号監置1号」という記載とその下の指印および右指印が本人の指印であることを証明する旨の札刑看守部長成田ますの署名押印のある証明文言があるだけで、本人の署名はない。ところで法廷等の秩序維持に関する規則一三条二項にいう代理人の選任届には原則として本人の署名を必要とすると解すべきであるから、氏名を記載することができない合理的な理由がない本件においては、本人の署名のない選任届によつてした代理人の選任は無効であり、したがつて、かかる代理人によつてなされた本件抗告は不適法であつて棄却を免れない。

第三その余の抗告人らの各抗告について

記録を調査するに、昭和四五年三月二五日午後一時五〇分、拘束一三号こと氏名不詳の男、同一四号こと氏名不詳の男、同二二号こと氏名不詳の男、同二四号こと氏名不詳の男、同二六号こと氏名不詳の女、同三三号こと氏名不詳の男、同三五号こと氏名不詳の女の七名が、氏名の明らかな六名および「三十九号監置1号」という者とともに、監置五日の制裁の裁判を受けたことが認められる。他面、本件抗告状には、抗告人の表示として、右の氏名の明らかな者六名および「三十九号監置1号」の合計七名のほか、池田隆三、岡林広、金沢慶子、佐藤誠一、坂本裕士、蔵谷修三、深町泰子の七名の名が記載されている。しかし、提出された抗告代理人選任届その他記録上うかがわれるすべての資料を総合しても、右抗告状記載の池田以下七名の者が、それぞれ前記拘束番号何番の者と対応するのかはおろか、果たして、真実監置五日の制裁を受けた者であるかどうかすら、明らかでない。このような特定性を欠く不明確な形式による本件抗告の申立は、手続の明確性の見地から、不適法なものといわざるをえないから、本件抗告は棄却を免れない。

よつて、法廷等の秩序維持に関する規則一八条一項により本件各抗告を棄却することとして、主文のとおり決定する。

(原田一隆 神田鉱三 木谷明)

抗告状

札幌地方裁判所裁判官が昭和四五年三月二五日抗告人に対し法廷等の秩序維持に関する法律によつてなした制裁裁判は不服につき抗告をする。

その理由は次のとおりである。

一、法廷等の秩序維持に関する法律は憲法に違反する。

憲法三一条は「何人も法律の定める手続によらなければその生命若は自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない」と規定。

一方三権分立の原則を基盤とし刑事訴訟手続も訴追する側(検察官)防禦方法を講じ自己の権利を守る側(被告、弁護人)を対等な地位におき、裁判所は両当事者および時には職権で証拠調べを経た結果有罪、無罪の判定をする。

この意味で裁判所は自ら訴訟当事者、または被害者の立場を両立し得ず裁判官が直接事実を体験してこれが訴訟手続に上程される場合には裁く立場から、回避しなければならぬことになつている。(刑訴二〇条三号)

また憲法第三四条は何人も理由を告げられ且つ直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ抑留または拘禁されず、要求があればその理由は直ちに本人、弁護人の出席する公開の法廷で示さなければならないと規定する。

しかるに右法律は右手続をふまずに裁判官が自ら認識した事実に基づいて傍聴人、その他訴訟関係人に対し制裁を科しうることを定めている。

これは、三権分立の原則刑事訴訟の基本原理を甚だしく逸脱し被害者と加害者が互に相手に制裁を科しうることを定めた(しかして制裁を科すのは専ら権力を持つ裁判官である)ことになり憲法三一条に違反する。

即ち二〇日以下の留置は国民の自由身体を拘束し名前は異つても実質は刑罰を全く同じである被留置者が受ける刑務所内の処遇をみてもこのことは明らかである。

二、次に抗告人らに対して留置処分をするにあたつて適格な証拠に基づいていない。

即ち昭和四五年三月二四日午後二時一五分前後に傍聴人が発言したり、立上つた事実はあるがそれが誰であるか、誰がどういう行為をしたか、誰が裁判長のいかなる訴訟指揮権に従わなかつたかについて、適格な証拠はなく傍聴席の中央部に位置していたものを重くしたり、始終傍聴に来ていた裁判官に顔を覚えられているものが重かつたりしている。

このことは、裁判長が全員拘束という発言をしていることから明らかである。

なぜなら傍聴人中には約一〇名の被告人の父兄がいた、また発言をしなかつたり立ち上つたりしなかつたものもいた筈である。

当日の裁判長は訴訟指揮上、種々発言の間違等をしている忌避申立却下の理由にしても法律上の要件を述べるのではなく重点は感情論をら列している。(例えば忌避申立は権利のらん用である等)

右のように当日の裁判長は高度に緊張しすぎていて冷静な判断をすることが困難であつたように見受けられる。

以上の事実から短時間(一人につき三分程度)になされた留置処分は感情が先走り証拠に基かないでなされた疑が濃厚である。

よつて刑事裁判の原則に違反しているばかりでなく、法廷秩廷維持法第四条三項にも違反している。

三、次に量刑が不当に重い三六名中二七名が処分され、その大半は最高の量刑が科されている。量刑が極端に重い場合は不当性を超えて違法となる。

よつてこの申立をする。

昭和四五年三月二六日

右抗告人等代理人

弁護士 入江五郎

同 下坂浩介

札幌高等裁判所 御中

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例